プロフィールその2

影太郎です。

約一ヶ月更新をストップしていましたが
ブログを再開していきます。

 

以前のように更新とはいかないですが
週一位で更新していこうと思っています。

暇なときにでも遊びに来てください。

 

ところで、最近アクセス解析を久しぶりに見てみました。
全く更新していないなかったのですが20から30位のアクセスがあったんです。

そして新規の訪問者の方が以外に多くてビックリといった感じです。

 

最初にプロフィール記事を書いたんですが
もっと私のことを知ってもらう為に追加として書いていきます。

興味のある方、時間に余裕のある方は読んでみてください。

 

影太郎誕生

 

1968年4月29日。
未熟児としてこの世に誕生。

どこにでもいる普通の赤ん坊だったと思う。

 

ちょっと飛ばして小学校時代。

勉強は1日2時間以上はやっていた。
この頃の通知表が残っているのだが、五段階評価で
体育以外は全て5。

凄く勉強の出来る小学生だった。

学級委員や生徒会の役員もやっていて
教師受けも良かったんだと思っている。

 

高学年になった頃、あるブームが訪れる。
そう、いわゆるガンプラブームである。

同年代の方は良くわかると思うが異常とも言えるほど
ガンプラは流行した。

欲しくてもメーカーの生産が追いつかず、購入することは
不可能に近い状態。

 

こんな時、ある情報が入った。

「○○模型店にグフがあるらしい。」

ガンダム通の友人からの情報。
僕は悪ガキ仲間と買いに行こうと計画を立てる。

 

でも、ちょっと待って。
あの模型屋って○○小学校の前だよな。

放課後行っても○○小学校のヤツらには時間的に勝てないぞ。

 

そう思った僕達は学校を早退する事にした。

勿論、ガンプラを買うから早退なんていえる訳がない。

「だったらお腹が痛いとか嘘ついて帰ろうぜ!」

 

仲間の一人がこう言った。

コイツ天才じゃんか。

僕はこの時そう思ったのだが、今考えれば
バカとしか思えない。

 

そしてガンプラ計画を実行する。

 

特に疑われること無く早退した僕達は
自転車を必死に漕いで模型屋へ向かった。

早退したので模型屋近くの生徒よりは早く店に着く。

店内を奥へと進むと目的のグフが・・・

あった!

 

「おじさん、グフください」

 

やった、やっとグフを手に入れることが出来た。

 

喜びもつかの間。

店のおじさんが言った。

「これは東京から仕入れたからね、輸送量100円プラスで400円だよ」

 

???

 

ちなみにグフの定価は300円。

 

一瞬おかしいとは思ったが、そこは小学生。
東京から仕入れたんじゃしょうがないよね。

400円払って念願のグフを手に入れた。

 

嬉しくてたまらない気持ちを抑えながら家に帰った。

ワクワクしながらグフを組み立てたのを今でも覚えている。

 

しかし、次の日悲劇が起こった。

 

昨日の早退の嘘がばれたのである。

 

クラスに必ず一人は存在するチンコロ女。
つまり「つげ口」をする女の存在である。

 

ガンプラ購入計画も、しっかりと先生にチンコロされていた。

 

「影太郎ちょっと来い」

 

僕はビビリながら教師の下へ。

 

教師 「なんで呼ばれたかわかるよな」

 

俺 「はい」

 

バシッ!

 

 

いきなり平手打ち。

 

「ごめんなさい」

 

誤るしかなかった。

他のワルガキも当然平手打ち。

 

なぜかこの事だけは今でもはっきりと覚えている。

 

中学校へ

 

ここで人生の転機が訪れる。
勿論、悪い意味で。

 

僕が通っていた中学校は当時13クラスあり、生徒数1学年650人
というマンモス校だった。

のりPのマンモスうれPとは全く関係は無い。

 

部活動は卓球部に入り、まあまあ楽しかった。

勉強は英語が理解出来なくて「家庭教師」を付ける事となった。

 

家庭教師は当時女子大生の19歳の人だった。

初めて会った瞬間に恋に落ちた。

13歳のガキから見れば19歳の女子大生は「大人の魅力」で
いっぱいだった。

 

この先生とは卒業まで付き合うことになる。

付き合うといっても恋人ではない。

当然、生徒と教師という付き合い方である。

 

月曜日と金曜日の週二回。
先生の家へ僕が通って教えてもらうというやり方。

 

毎回ワクワクしながら自転車を漕いで通っていた。

時々、先生の「彼」から電話があり嫉妬したのを今でも覚えている。

 

家庭教師、問題集と相変わらず2時間以上は勉強していたので
そこそこ成績は良かったと思う。

 

650人中120から150番位の学年順位だった。
一番成績が良かった時は80番まで上がった。

 

しかし、どうあがいても一桁の順位にはなることが出来ない。

自分がバカなんだと自覚すると同時に、上には上がいる事を学んだ。

 

そして三年生

 

中学三年生。
最高学年でもあり受験生でもある学年。

 

三年になり不良と呼ばれる仲間と遊ぶようになった。

 

部活は幽霊部員となり行かなくなった。
同時に悪い仲間と悪い事ばかりするようになっていった。

 

具体的には犯罪要素テラ盛りなので秘密にする。
警察での調書がイミダスなみに分厚かったほどである。

 

当時を振り返ってみて思うことは
自分が何も価値の無い「空っぽ」の存在なんだと思っていたこと。

 

何をしても楽しくないしつまらない。

 

仲間と悪い事している時だけ楽しいと思っていた。

 

自分の存在、生きている事が実感できた。

 

そして学校に行くことが面倒になり、ほとんど登校しなくなった。

 

週一位で登校はしていたのだが
午後から登校することが当たり前になっていた。

 

当時、教師から

「お前が学校に来ると他の生徒が迷惑だ」
「もう卒業式まで来なくていい」

そういわれて完全に登校しなくなった。

 

でもテストだけはしっかりと受けていた。
バカと思われるのは嫌だったので勉強だけはしっかりとやっていた。

 

そして進学する高校を決める季節が来る。

 

僕は公立の工業高校へ進学したかった。
成績では全く問題は無し。

もっと上のランクの高校にも進学出来る成績だった。

 

しかし・・・

 

まともに登校していない素行不良の生徒を
公立高校が受験させる訳が無い。

 

受験することも出来ずに工業高校への進学を諦めた。

 

家庭教師の先生に、この事を伝えると何か寂しそうな表情だった。

せっかく3年間も教えた生徒が志望校に進学出来ないのだから
辛かったのかもしれない。

 

最後の勉強の日、しっかりとお礼をした。

「今までありがとうございました」

 

三年間の思い出が頭の中を駆け巡る。

楽しかったこと、どうしても理解出来ない方程式を
何時間も使って教えてもらったこと。

勉強以外でも学校生活での悩みの相談にも快く
答えてくれた優しい先生。

 

一人の女性として、この先生のことが好きだった。

 

時の流れは残酷で、始まりがあれば必ず終わりがある。
出会いと別れがある。

 

頭では理解していたつもりだったが・・・

 

凄く寂しかった。

もう今までのように週2で会うことも出来ない。
もっと時間を有意義に使うべきだったと後悔した。

 

最後の授業が終わり部屋を出ようとした時に呼び止められた。

 

「これからも頑張ってね」

そういって笑ってくれた。
次の瞬間、僕の肩を引き寄せハグしながら、やさしく耳元でつぶやいた。

「私も楽しかったよ、少しだけあなたが好きになっていたの・・・チュッ」

頬にキス。

 

 

 

と・・・期待はしていたのだか世の中そうは甘くない。

期待は妄想として終わった。

 

結果、私立高校を受験して合格したのだが
どうしても行きたくなかったので進学しないで社会人となる道を選んだ。

 

社会人に

 

16歳で社会人となり、一番最初に就いた仕事は「塗装屋」
建築塗装の仕事である。

 

ペンキを塗ったり塗装ガンで壁を吹いたりする仕事。

 

初めて経験することばかりで本当に楽しかった。

毎日が充実していた。

 

当時、上司からは可愛がってもらっていて
釣りとかパチンコとかに連れて行ってもらっていた。

 

この当時「フィーバー」というパチンコ台が出た頃で
毎日仕事帰りにパチンコしていた。

 

知り合いのヤ○ザの人に攻略法を教えてもらっていたので
負け知らず・・・半月で33万円の利益を出した事もあった。

 

俺パチンコで生活出来るかも?

 

そんな事も考えていた。

 

しばらくしてパチンコも飽きてバイクを買った。
勿論パチンコで勝ったお金で。

 

ホンダのCBX400F。

32万円。

 

そしてバイクを買った事で悲劇が起こる。

 

今では少なくなったが、当時は「暴走族」が異常に多かった。

まあ、暴走族に入る気は全く無かったので
好きな時に好きなところへ。

そんな感じでバイクを乗り回していた。

 

だが、ある日の夜事件が起こる。

 

いつものように走っていると中学の先輩に遭遇した。

 

「今から走るんだけど台数少ないからお前も来いよ」

 

当然・・・逆らえる訳も無く、一緒に走ることとなる。

 

先輩達は立派な暴走族。
一緒に走れば警察に追われることは間違いない。

 

そして悪い予感は的中する。

 

静かな夜の街に爆音が響く。
信号無視に蛇行運転。
我が者顔で夜の国道を占領する。

 

まさに迷惑極まりない暴走行為。

 

そして当たり前のように警察に追われることとなった。

 

赤色燈を付けパトカーが後ろから迫って来る。
族でもないのに捕まって免許を取り消しにされては損である。

しかし、こういう迷惑行為をしているのだから
それ相応の処分は当たり前。

この時は自分もバカだったので、まともな思考回路は持っていなかった。

 

警察 「前のバイク止まりなさい」

僕   「バカ、止まれって言われて止まるわけねーだろ」

 

そう言いながら必死で逃げ回った。

 

途中、信号無視とかしたんで車と衝突しそうになる事が何度かあったが
無事?逃げ切る事が出来た。

いや、出来たと思った。

 

道路から少し入った駐車場にバイクをとめて、のん気に缶ジュースを飲んでいた時!

 

パトカーの赤色燈が見えた。

 

ヤバイ。

 

逃げようと思ったがバイクに乗る時間が無く走って逃げた。
キーは付けたまま。

 

警官が僕のバイクのセルを回す音が聞こえた。
キュルキュル・・・ボッ、 ボッ、 ボッ、

 

当然、警官がバイクに乗って行って押収されてしまった。

 

その後、警察から電話が来る。

 

「影太郎さんのお宅ですか?」

「私は○○警察所の者です」

 

後日、出頭しろとの事。

 

ちなみにこの警察、S市特別機動隊で結構ヤバイといわれている所。

 

逃げることも出来ないので出頭した。

 

そして丸1日かけて取り調べされる。
一緒にいた仲間の事は言えないので口を割らなかった。

 

知らない、でシラを切り通した。

 

ボコボコに殴られて蹴飛ばされて最悪だった。

 

でも悪いことをしたのは自分なので最終的には謝った。

 

「ご迷惑お掛けしました、すいません」

 

下品な改造もしていなかったのでバイクを没収されることは無く
この事件から2ヵ月後に返してもらうことが出来た。

 

予断だが・・・取調べ中、昼に食事をご馳走してもらった。

TVドラマなんかだと「カツ丼」が定番?のようだが
「ペヤングソースやきそば」だった。

正確には「やきそば」ではなく「ゆでそば」だと思う。
焼いていないのだから・・・いや、やきそば風味だろうか?

 

取調べをした警官が「幽霊」の話を食事中にしていた。

以前、富士の樹海で幽霊をパトカーで轢いたことがあると。
自分は寺の息子なので幽霊は信じると言っていた。

 

そんなこんなで、クズとしての十代が過ぎていった。

 

20代、転職

 

勤めていた塗装屋の経営が悪化して転職することとなった。

 

転職先は現在勤めている機械設備の会社。

 

全くの未経験からのスタートだったが、元々機械いじりは好きだったので
凄く充実した日々を過ごしていた。

 

23歳の時、運命的な出会いをする。
中学からの友人の企画で「合コン」をする事になった。

 

当時、彼女無しでフリーだった事もあり
超期待しながら合コン会場の居酒屋へと向かう。

 

女性陣には現役「ナース」が数人いると聞かされていた。

 

ナース。

 

男の憧れの的。
白衣の天使。

嫌でも期待は高まっていく。

 

女性陣よりも早く会場に着いて男達はワクワクしながら待っていた。

ほとんどの男達の期待は「ナース」であることは言うまでも無い。

 

少しして女性陣登場。

この時は15人ほどの女性が集まった。
ちなみに男もこの位の人数。

 

そして一人の女性が隣に座った。

仮にAさんとする。
彼女はナースでは無い。

A   「私○○っていいます、よろしく^^」
僕 「影太郎です、よろしく」

 

まさにストライク!

この時に運命的なものを感じた。

 

自分でも嬉しさのあまり舞い上がっていた。
超ハイテンション!

 

この時ばかりは無神論者の僕も「神」の存在を感じた。

これは神が与えてくれた出会いなんだと。

 

何を話したかは覚えていないが帰りがけに

「また会ってくださいね」

と言われた事は覚えている。

 

その後、共通の友人を通じて何度か遊びに行った。

 

最初は「富士急ハイランド」へ遊びに行って色々なアトラクションを
楽しんだ。

ジェットコースターにゴーカート。

屈託の無い笑顔で笑うAは可愛かった。

この時点で僕は恋に落ちていた。
Fall in loveである。

 

ずっとAと一緒にいたい。

 

でも結構チキンな僕は告白出来ず、無駄に時間だけが過ぎていった。

 

「付き合ってください」

 

その一言が言えなかった。

もしもNOという答えが返ってきたら
その後会うことは出来ないと思っていた。

 

友達として・・・

友達として付き合うことは自分には無理。
本気でAの事が好きになっていた。

 

このまま彼女と一緒の時間を過ごしたい。

でも、何のケジメも付けないまま過ごすのは良くないと思い
勇気を出して告白を決意した。

 

そして、工場の綺麗な夜景が見える港で告白をした。

 

「俺と付き合ってほしい」

 

Aは僕の目を見ながらこう答えた。

 

「私で良ければお願いします」

 

ヤッター!

 

そしてAとの交際が始まった。

 

クリスマスに正月、バレンタインと恋人達のイベントが続く。
ネット用語でリア充生活を満喫していた。

 

クリスマスには高価なプレゼントを貰ったりあげたり。

 

バレンタインには「手作り」ケーキ。

明らかに「本命」といった豪華なケーキ。
最高に嬉しかった。

 

Aとの交際は順調に続いていった。

 

 

 

さて、感の良いあなたはお気付きかと思いますが
このAという女性。

 

今は私の妻になっています。

 

しかし・・・

 

しかし・・・・・

 

今ではバレンタインのチョコレートは手作りケーキから
特売品の半額処分品となってしまった。

 

なぜなんだ?

 

彼と亭主は別物なのだろうか?

 

あの頃の彼女はどこへいってしまったのか?
あの屈託の無い笑顔をここ数年見たことは無い・・・・・

 

結婚、そして高校入学

 

交際から2年後にAと結婚した。

この年に通信制高校へ入学。
理由は「せめて高校くらいは卒業したかったから」

 

この時25歳。
久しぶりの学校生活は楽しかった。

 

藁半紙が凄く懐かしく感じたのを覚えている。

 

しかし、通信制高校は
「勉強しろ、登校しろ」

と言ってくれる教師は存在しない。

 

まして社会人なので授業を受けることが出来るのは日曜日だけ。

当然、自分の力で理解していかないと卒業は出来ない。

 

毎日2時間ほど教科書を読んでレポートを提出した。

 

勉強は自分の想像をはるかに超えて大変だった。
何度も心が折れそうになった。

 

自分の力だけで勉強することが、こんなに大変だったんだと
今更ながら気が付いた。

 

でも心が折れそうな時に、仲間が励ましてくれた。

理解できない内容なんかもしっかりと教えてくれる仲間もいた。

 

通信制高校の年齢幅は、とにかく広い。

下は16歳、上は75歳までの生徒がいる。

 

皆、色々な事情があって通信制という選択をしていた。

 

この高校生活の4年間で仲間の大切さを実感することが出来た。

 

仲間の存在、大切さは今でも良くわかっている。
仲間がいなければ今の自分は存在していないと思う。

 

これはアフィリエイトブログを始めて、より深く実感した。

 

仲間がいなければ継続する事は出来ない。

 

卒業、バブル崩壊、ブラック企業へ

 

29歳で無事、高校を卒業した。

通信制高校は通常4年で卒業となる。
入学当時、新入生は700人いたが卒業したのは約70人。

 

ほとんどの人が挫折するのが通信制の現状だ。
やはり辛いときに仲間に支えてもらったからこそ
卒業出来たと今でも思っている。

 

この頃はバブル経済が崩壊して数年が経過していた。

僕の勤める会社も「バブル崩壊」の波を受けるようになっていた。
仕事が激減し暇になった。

このままでは家族を養う事が出来なくなる。

散々悩んだ末に「転職」をする事にした。

 

転職先に選んだ会社は「住宅機器」のメンテナンス会社。

定期的に一般家庭を訪問し機器の点検、メンテナンスを行う仕事。
訪問時に住宅設備の営業も行う。

 

この会社にはノルマがあり、一定の利益を出さなければ
給料は殆ど無し。

最低ラインの保障はあったが、とても生活出来る金額では無かった。

 

利益を上げるためには「汚い」事も必要だった。

お金の為に汚い事もやるようになっていった。
要は「騙し」である。

必要の無い物を言葉巧みに売りつけるのである。

 

一応この会社。
世界でも有名な企業の子会社。

日本人なら誰でも知っているはず。
こんな大手の子会社が詐欺まがいの事を平然と行っていた。

しかも「お客様第一」とか一秒でわかる嘘を社訓にしている。
まさにクソビッチとしか言いようがない。

最低の人間の集まりだ。

 

このやり方に矛盾というか罪悪感を感じるようになり売り上げは激減。
会議の時に集中攻撃を受けることになった。

 

上司  「お前は自分の成績わかっているのか?」

僕    「わかっています」

上司    「だったら何とかしろよ、たとえ1000円でもいいからむしり取れ!」

 

はっ?何いってんのこのクソは。

 

僕     「そんなやり方は社訓に反すると思いますよ」
「お客さん第一なら必要な物だけを薦めるのが当然ではないんですか?」
「そんな詐欺まがいのことは出来ません」

上司  「お前みたいな甘いヤツはいらない」

 

会社が求めている人材は汚いことも平気で出来るガッツのある奴。
売り上げ、利益のためならなんでもするキチガイ。

 

連れ添いに先立たれ、たった一人で生活する、おじいさんにおばあさん。
年金のわずかな収入はでギリギリの生活。
食べていくのが精一杯。

 

そんな人達から大切なお金をむしり取れ。
必要ないものを売りつけろ。

 

自分には出来ないと悟った瞬間でもあった。

 

そんな事があって会社の中で浮いた存在になった。
色々と嫌がらせをされて「自己退職」に追い込まれ退職した。

 

この時、全くといって良いほど後悔はしなかった。
むしろ清清しい気分だった。

あのまま仕事を続けていたら本当のクソ野郎になっていたと思う。

 

もう営業に係わるのは嫌になっていたので
以前の仕事の技術を活かそうと「機械関係」の会社に就職した。

しかしこの会社。
前の会社よりも最悪な会社だった。

 

定時に帰宅しようとすればガンガン嫌味を言ってくる。
おまけに求人票とは全く違う給料。

まさに騙されたのである。

 

残業を強要するくせに

「うちの会社は時間外手当無しだから」

と平然と言い放つ始末。

 

ここで普通?はグッと堪えて・・・
なんだろうが、どうにも我慢できずに辞めてしまった。

 

わずか2ヶ月で退職した。

 

退職する時に

「時間外手当はしっかりと払ってください」
「無理というなら裁判してでも争いますから」

こう会社には伝えた。

 

大人げないとは思ったが、どうしてもこの会社のやり方が気に入らなかった。

「5時過ぎればタダで使えるもんね、テヘペロ^^」

そうほざいていたからだ。

 

しっかりと時間外手当を貰って退職した。

 

この後、就職先が決まらず一年ほど妻に食べさせてもらう事になった。

まさに「ヒモ生活」だった。
最低な自分に嫌気がさしていた。

いっそ死んでしまえばいい。

そう考える日が多くなっていった。

 

この頃は本当に腐っていた。
面接も何社と受けたが不採用の連続が続く。

 

精神的に辛い日々が一年以上続いた。

最悪なのは一年以上就職先が決まらないと
面接に行った時に「人格」まで疑われる事だった。

「一年も就職活動して決まらないなんておかしいよね」

そういう面接官が多く、どいつも薄ら笑いをしている。
完全に「小バカ」にされていたのである。

 

こういう面接官がいるのは大抵の場合中堅企業だった。
会社のバックボーンが無ければ何も出来ないクズ野郎。

こういうクソは退職すれば誰からも相手にされない「可哀想な人」
多分、友達もいないので年賀状などは退職すれば来ることは無いだろう。

 

この頃は腐っていたので冷静に自分のことが分析出来なかった。
生活が荒んで来ると中身まで腐ってくる。

 

採用が決まらなかったのは自分に原因がある。
そこを改善すればいいのだが・・・

 

ちなみに大手の企業は、しっかりとした面接をしてくれた。

一度だけ上場企業に採用が決まったが、採用を断った事がある。
天気予報で有名な会社。

断った理由は「パソコン」が使えなかったから。
この頃はパソコンは勿論、携帯電話のメールも使えなかった。

もしもあの時入社していたらアフィリエイトはしていなかったと思う。

 

これでいいのだ・・・Byバカボンパパ。

 

最終章 そして伝説へ?

 

その後、以前勤めていた会社の社長と偶然会った。

今は無職だと伝えると

「もう一度勤めてみないか?」

と言われたので迷うことなく就職した。

 

バブル崩壊時から持ち直し活気を取り戻していた。

この会社で大きなプロジェクトを任されるようになり
自分でも人として成長することが出来たと思う。

 

中国、インドネシアと海外での仕事も多く経験し
自分の視野も広がっていった。

 

多くの人と繋がりを持つことで多くの事を学ぶことが出来た。

 

経験、そして学んだ事は今後の人生で大きな糧となるんだと思っている。

 

最後にあなたへ

 

今の目標はアフィリエイトで独立起業する事。

 

そしてこの目標を実現するためには努力は勿論ですが
一緒に頑張っていく仲間が必要です。

 

アフィリエイトは個人で出来る最高のビジネスモデルです。

 

簡単に稼ぐことは出来ませんが、努力・継続する事で
必ず結果はでます。

 

あなたが少しでも興味があるのなら一緒に頑張ってみませんか?

 

自分の理想を実現するために。

 

長文お付き合いしていだだいて、ありがとうございました。

 

そして・・・

 

これからもよろしくお願いします。

 

影太郎

 
さらに詳しく・・・
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